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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6929号・昭27年(ワ)1185号 判決

反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、東京都新宿区新宿二丁目六十五番地所在日本火災海上新宿ビルデイング二階五、六号の二室を明渡し、且、昭和二十七年二月二十七日から明渡に至る迄、一月金四千五百五十一円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は全部原告(反訴被告)の負担とする。

二、事  実

原告(反訴被告)訴訟代理人は、本訴につき、「原被告間に原告が東京都新宿区新宿二丁目六十五番地、日本火災海上新宿ビルデイング二階五、六号二室につき訴外日本火災海上保険株式会社を貸主とする賃料一月金四千五百五十一円、毎月末払の期限の定めのない賃借権を有することを確定する。被告は原告に対し、原告の右二室の占有を妨害してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、本訴請求原因として、「原告は、昭和十七年七月以来被告会社の外務員となり、その第七出張所(後に新宿支部)長として、被告のために保険加入申込の勧誘に関する仕事に従事して来た者であるが、右勧誘の仕事を手広くするための必要上予て多数の知己の居住する新宿近辺に事務所を作るため、昭和十七年七月頃申立に係る二室(以下係争二室と略称する)をその所有者である訴外日本火災海上保険株式会社より賃料一月二百十円、毎月末払いの約旨の下に期間の定めなく賃借した。右賃借に際り貸主である右会社からの希望により原被告並に貸主、三者間の合意により真実の借主は原告であるが、賃貸借契約の形式上の借主名義人を被告として置いた。爾来原告は、係争二室を占有使用し、原告の費用を以て係争二室の維持管理をなし、賃料敷金も、もとより原告の費用を以てこれを支払い、被告よりは、単に右費用、補助の趣旨で費用の一部を貰つていたにすぎない。ところで賃料は昭和二十五年八月一日以降、金四千五百五十一円に増額されたが、被告はたまたま上述の如く形式上の借主名義が自己にあるのを奇貨措くべしとして被告が真実の賃借権者であると主張して原告に対し係争二室の明渡しを求めているので、原告が賃借権者であることの確認を求むる必要があり、更に、被告会社は、口頭により、係争二室の明渡を求めてやまないので、原告の係争二室の占有が妨害される虞があり、その保全を求めるため本訴請求に及んだものである。」と述べ、反訴につき「反訴原告の請求を棄却するとの判決」を求め、反訴原告主張事実中、本訴について述べた如く反訴被告が昭和十七年七月から反訴原告会社の外務員となり、その第七出張所長(後に新宿支部長と改称)として保険外務員を使用して反訴原告のために生命保険加入者の募集を担当したこと、並に反訴被告が本件反訴状を昭和二十七年二月二十七日受領したこと、係争二室の相当賃料が一月四千五百五十一円であることは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。<立証省略>

被告(反訴原告)訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告主張事実中原告が昭和十七年七月以来被告会社の外務員となり、その第七出張所長(後に新宿支部長と改称)として被告のために保険加入申込の勧誘に関する仕事に従事し、原告主張の二室を占有使用して来たこと、右二室の貸主がその所有者である訴外日本火災海上保険株式会社であり、賃料が昭和二十五年八月一日以降一月金四千五百五十一円となつたことは認めるが、右二室の借主は被告であり、原告は被告の使用人として被告のために代理占有をしていた関係である。その余の事実は争うと述べ、反訴について「主文第二第三項同旨」の判決、並に、仮執行の宣言を求め、反訴の請求原因として、「係争二室は、反訴原告が訴外日本火災海上保険株式会社から、昭和十七年九月十七日期間の定めなく賃借して今日に及んでおり、その敷金及び賃料も、反訴原告が貸主に支払つており、形式的にも実質的にも賃借権者であるところ、反訴被告は、昭和十七年七月から反訴原告会社の外務員となり、第七出張所(後に新宿支部と改称)長として、新宿支部(後に、東京第二支社と改称)長の指示監督の下に、出張所の外務員を指揮し反訴原告のために保険加入者の募集に当り、且、自らも募集に当ることを担当していた関係上、反訴原告が借受けて右第七出張所の事務所に当てていた係争二室の管理を反訴被告に委任し処理させていたが、新宿支部(第七出張所の改称)の営業成績がよくないので、昭和二十六年九月三十日、反訴原告において右新宿支部を閉鎖し、係争二室は他の支部又は支社の事務所に使用することとし、反訴被告の新宿支部長の職を免じ反訴原告東京第二支社直属の外務員として、転属させ、その後同年十一月末係争二室の管理委任を解き、その旨反訴被告に通知した。仮に右解任の通知がなかつたとしても、本件反訴状を反訴被告は昭和二十七年二月二十七日受取つているので、右反訴状により解任の意思表示がなされている。よつて何れにしても反訴原告の解任の意思表示の到達により係争二室についての反訴原、被告間の管理委任関係は終了したわけであるから、反訴原告は反訴被告に対し右委任終了による管理の目的たる係争二室の明渡を求めると共に、反訴被告の右明渡義務不履行に因り反訴原告は、右二室の使用を妨げられ、その賃料一ケ月金四千五百五十一円相当の損害を受けているのでその賠償として反訴被告に対し本件反訴状を反訴被告が受取つた日の翌日である昭和二十七年二月二十八日以降係争二室明渡済に至る迄、一月金四千五百五十一円の割合による損害金の支払を求めるものであると述べた。<立証省略>

三、理  由

先ず原告の本訴確認の訴についてみるに、原告は係争二室を訴外日本火災海上保険株式会社から賃借し、従つてその賃借権者であるのに被告は右の貸主から係争二室を賃借したのは被告であつて、原告ではないとして原告の賃借権を争うので被告との間において原告が賃借権を有していることの確定を求めるものであるところ、この場合、貸主との関係をしばらく措いて、抽象的に賃借権の存在を想定し単にその賃借権の帰属が原告に存するか否かの確認を求めるものであり、従つて帰属についてのみ既判力を生ずるものとして、この訴を適法として是認しようとする考方もないわけではないが、賃借権の帰属関係の確認においては、賃借権から遊離した帰属などと云うものは訴訟の目的としては意味のないものであり、この場合賃借権の存在は想定的、抽象的前提要件ではなくあくまで現実的具体的なものとして帰属とは不可分一体の関係で確認の目的でなければならない。元来賃借権は借家法の規定により物権的取扱を受けてはいるが、現行法制上、貸主借主相互信頼の上に成立している債権とされており、しかも、現社会状勢の下では権利的要素が強いにしても単なる金銭債権とは異り必然的に債務を伴うものであり、たとえ、その権利的要素を抽象化して賃借権と呼び、観念上貸主を度外視して賃借権の帰属を考え得ると仮定しても、賃借権については現行法上、賃借人は単に放棄(この放棄すらも疑問とし、いわゆる放棄とは賃貸借合意解約の申込にすぎぬとさえ考える考方もある。もつとも放棄が常に解約の申込であるとの見解の当否は、本件では問題外である。)する場合の外、賃貸人の同意なくして処分することはできない。従つて処分できないものの帰属の確認の訴を、賃貸人を訴訟の当事者としないで起し得るものとする点については上述の考え方には訴訟法上の問題があるわけである。思うに、排他的、択一的関係に相互に自己が賃借人であることを主張する甲、乙両名の間に、貸主を除外して賃借権の帰属について既判力を生ずる裁判を求めることは具体的判断による解決を目的とする訴訟の実際においては許されないものと云わなければならない。若し右の如き裁判を求め得るものとすれば、その裁判において乙が勝訴したに拘らず、貸主は甲を賃借人であるとし賃貸物件を甲に引渡し占有させ、他方乙に対し賃借権不存在確認の訴を起し勝訴したと仮定して見よう。乙が更に甲に対し賃借権に基き貸主に代位して前示賃貸物件の引渡を求めたとすれば、甲はさきに敗訴した確認裁判の結果少くとも賃借権の帰属関係からは乙の請求を拒むことはできないが、しかも右引渡請求に応ずれば、貸主に対する賃借人としての義務違反となるであろうし、又貸主は乙から賃貸物件を取上げて、再び甲に引渡さなければなるまい。かくてこの賃貸借関係は紛淆のつきるところを知らず、収拾のつかないものとなるであろう。従つて単に甲、乙間の当面の争(訴訟の目的となつた)を解決するだけの観点からだけ考えて、他を顧慮しないならば、賃貸借の目的物件の現実の使用関係(賃借権の主たる内容はこの点にあるのであるが)に触れないで、抽象的な賃借権の帰属の確定だけで甲、乙間の当面の争が解決される場合(かかる場合もあり得るかも知れない。)に限つては、確定の利益があるように見えるけれども、その確定の既判力を考えると、右の如き場合があるからと云つて、かくの如き裁判を求め得るものとすることはできない。更に賃借権の本質からすればすでに説示したように賃貸借関係の当事者である賃貸人を無視して本来賃貸人の作為、不作為を求めることを内容とする賃借権の帰属を論ずることは観念の遊戯に堕することになろう。以上判示したところにより、自己に係争賃借権の存することの確認を求める訴は、貸主を当事者(貸主の態度如何により原告側又は被告側に立つことになることは云うまでもないが)としないで起し得ないものと云うべく、従つて貸主を当事者としない本訴は不適法として却下を免れない。

次に原告の占有保全の訴について考えると、原告が係争二室を現実に占有していることは本件当事者間に争がないけれども、被告が口頭を以て係争二室の明渡を求めている外、事実上原告の占有を妨害しようとしたわけではないことは原告の主張自体から推知できるのであるが、単に口頭で明渡を求めたと云うだけでは占有を妨害される虞があるとは云えないばかりではなく、被告が本件反訴を提起して合法的手続による明渡を原告に求めている事実に徴すれば右手続を外にして原告の占有を妨害する虞の如きは、特段の事情の認め得べき証拠のない本件では、存しないものと云わなければならない、従つて原告が係争二室の占有を被告から妨害される虞があると認められるような具体的事実の主張立証のない本件では、占有妨害の虞ある事実の存在を前提とする占有保全の請求は、その理由がないものとして棄却するの外はない。

次に反訴について考える。

反訴被告が昭和十七年七月から反訴原告会社の外務員となり、その第七出張所長(後に新宿支部長と改称)となり保険外務員を主宰して反訴原告のために生命保険加入者の募集を担当していたことは本件当事者間に争がない。ところで成立に争のない乙第一乃至第七号証、第十二乃至第十四号証、証人星文作、西本正利の各証言により真正に成立したと認められる乙第八乃至第十一号証、第三者の作成に係り、その方式並に趣旨からして真正に成立したと推定される乙第十五号証、証人常盤松美、西本正利、杉岡時男の各証言並に原告(反訴被告)本人訊問の結果の一部を綜合すれば反訴被告はもと訴外川上某等と共に訴外第一徴兵保険会社の外務員(勧誘員)であつたが、反訴原告会社相談役をしていた訴外今井力太郎のすすめにより川上を主宰者として反訴被告を含む勧誘員の一団は、そのまま前示徴兵保険会社から反訴原告会社に移ることになり、当時右今井よりその一団のための事務所をさがせと云われたので川上並に反訴被告は本件係争二室の存する訴外日本火災海上保険株式会社所有の日本火災海上新宿ビルデイング内の一階十坪八合の一室、二階十坪二合の一室以上二室の貸室を見つけ、右ビルデイングの管理人を通じて反訴原告のために賃借方の申込をした結果、ビルデイングの所有会社と反訴原告との間に昭和十七年九月十九日附で右二室の賃貸借契約が成立し、爾来反訴原告会社は右賃借二室を川上を主宰者とする一団の勧誘員等の事務所として川上に管理させていたが、昭和十八年反訴被告が川上の後を承けて主宰者となり、反訴原告会社の第七出張所長(後に新宿支部長と改称)と云う資格で上叙二室を引続き管理していたところ、昭和二十二年五月一日、反訴被告は反訴原告の委任を受けてその代理人として貸主との間に従来反訴原告が賃借していた二室に代えて、本件係争二室を賃借することを約し、係争二室の引渡を受け、反訴原告のために管理の責に任ずると共に、新宿支部事務所として使用して来たものであり、その賃貸借の敷金、賃料等も川上が主宰していた当初からすべて反訴原告から支出したものを川上、又は反訴被告の手から反訴原告の名義を以て貸主に支払われていたものであることが認められる。原告(反訴被告)本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できないし、証人星文作、小宮富美子、雨宮安道の各証言中上叙認定に副わない部分は的確な証拠とは認め難い。又証人萩原芳孝の証言中右認定事実に関する部分は前後矛盾し、その矛盾のないように証言の意味を強いて解釈すれば「賃借人としての義務を反訴原告に負担させて、現実には川上並に反訴被告に使用させることにし、貸主本人である日本火災海上保険株式会社に対しては管理人として反訴原告に賃貸することの承諾を得た。」と云うことに帰着させられるようにも思われるが、表現通りの証言では同証人は或は反訴被告に賃貸したと云い、或は反訴被告と川上の両名に賃貸したと云い、その帰するところを知らない有様である。従つてかくの如き証言は偽証でないとしても一顧の信憑力もない。更に成立に争のない甲第一、第二号証が反訴被告の手中に存することは上叙認定の如く係争二室の賃料が反訴被告の手を通じて支払われる以上、敢えて不思議とするには当らないのみならず、原告(反訴被告)本人の供述によるも「敷金の領収書は反訴原告へ渡してあるが賃料の領収書は最初のうちは反訴原告へ渡していたが、後には反訴原告の許へ持参しないものもある」ことが認められるので、右甲第一、第二号証が反訴被告の手裡に存するの一事は前段認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右し得る証拠はない。さて前段認定の事実からすれば係争二室の賃借人は反訴原告であり、反訴被告は反訴原告の使用人たる新宿支部長として両者間の雇傭契約に随伴する委任ないし準委任の関係に基く受任者として係争二室の管理に当つていたものと云うべく、従つて右新宿支部長の資格喪失に伴う委任ないし準委任関係の終了と共に係争二室を反訴原告に返還すべき義務があると云わざるを得ないのであるが、証人杉岡時男の証言によれば新宿支部の営業成績が振わなかつたので昭和二十六年十月末反訴原告は同支部を閉鎖し、同年十月一日附で反訴被告を新宿支部長の職を免じて反訴原告第二支社直属の外務員としたところ反訴被告は第二支社長たる同証人に対し、支部長失格は他の人々に対する体面上、はずかしいから係争二室の使用方法がきまるまで留守番と云う意味で、置いて欲しいと申出たことが認められる。して見れば反訴原告がその主張の如く昭和二十六年十一月末反訴被告に対し特に係争二室の管理委任を解く旨の通知をしたことを認め得る証拠はないが、同年十月末反訴被告が反訴原告から支部長罷免の通知を受けていたことは上叙認定事実から明であり、従つて反訴被告は遅くとも同年十月末新宿支部長の資格を喪失し右資格喪失に伴い係争二室管理の委任ないし準委任関係は終了し、反訴被告は反訴原告に対し同関係終了による係争二室を明渡す義務があるものと云わなければならない。しかも反訴被告の留守番申出に対し、反訴原告が右申出の趣意を酌取り係争二室の明渡を猶予したとしても、本件反訴状を反訴被告が昭和二十七年二月二十七日に受取つていることは、被告の認めているところからも明であるから、反訴被告は遅くともその翌日以降明渡義務履行遅滞の責に任じなければならないが、反訴原告が右明渡義務の不履行により賃料相当の損害を受けていることは云うまでもないし、係争二室の相当賃料が一月金四千五百五十一円であることは本件当事者間に争がないので反訴被告は反訴原告に対し係争二室を明渡すと共に昭和二十七年二月二十八日以降右明渡済に至るまで一月金四千五百五十一円の賃料相当の損害金を支払う義務があり、右義務の履行を求める反訴原告の請求は正当である。

よつて訴訟費用は本訴並に反訴に関するもの全部を民事訴訟法第八十九条により本訴原告(反訴被告)の負担とし、反訴原告のための仮執行の宣言はその必要があるとは認められないのでその申立を棄却し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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